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東京地方裁判所 昭和57年(刑わ)3196号 判決

主文

被告人片山岩一を懲役八月に、被告人齋藤菊男を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から、被告人片山岩一に対し三年間、被告人齋藤菊男に対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)(略)

(罪となるべき事実)

被告人片山は、同月中旬ころ、被告人齋藤から、これからのストライキでは会社が伊藤に映写させるかもしれないとの報告を受けた際、同被告人に対し、伊藤を絶対に映写室に入れないようにしようとの意向を伝えた。そこで、被告人齋藤は、渋谷パレス座の三階にある映写室入口の扉を封鎖できる道具を作ろうと考え、同月二三日ころ、同室において、鉄パイプとモツプの棒とを銅線等で縛り合わせて一本の棒状にしたもの(昭和五八年押第二六五号の一・以下「心張棒」という。)を作り、ストライキでこれを使用するときには、被告人片山の指示に従わなければならないと考えたことから、同日二四日ころ、同被告人に対し、会社が伊藤を映写室に入れようとする場合に備えて心張棒を作つたことと、心張棒を映写室の扉の取手に鎖で縛り付けると外から開けることができなくなることを話しておいた。

ところで、同年九月七日ころ、被告人片山は、被告人齋藤に対して、渋谷パレス座で同月九日午後七時二五分から始まる「ウエストサイド物語」の上映を阻止する形のストライキを行う旨指示し、これを受けた同被告人は、同月九日午後四時ころ、東京都渋谷区宇田川町二〇番九号にある渋谷パレス座に出勤し、早番勤務の伊藤と交替して、同日午後七時過ぎまで上映される予定の「フアニーレデイ」を映写していたところ、同日午後六時三〇分ころ、被告人片山が映写室にやつて来て、「今、スト通告書を副社長に渡してきた。副社長は今日は伊藤に映写させると言つているので、副社長や伊藤が来ても外からドアを開けられないようにしてここを死守して下さい」と言つて、会社が伊藤に「ウエストサイド物語」の映写をさせようとしても、同人の映写室への入室を実力で阻止するよう指示すると、被告人齋藤はこれを了承し、ここにおいて被告人両名の間に、威力を用いて会社の業務を妨害することについての共謀が成立した。その後、同日午後六時五〇分ころ、松田が映写室に来たので、被告人齋藤が同人を入室させたうえ、入口の扉の内側から心張棒を用いて扉を固定しようとしたところ、松田は、同被告人の意図を察知し、映写のできる者が映写室に入つて来るのを阻止するために同被告人と共に映写室にたてこもることとし、ここにおいて、同被告人と松田との間にも同様の共謀が成立した。

こうして、被告人両名及び松田は、順次共謀のうえ、被告人齋藤及び松田が共同して、心張棒の両端が扉の鉄製外枠に掛かるようにして、これを扉の取手の上に水平にあてがい、取手と心張棒とを鎖で縛り合わせ、更に、鎖の上から銅線で縛つて固定し、同日午後七時ころから午後七時三〇分過ぎころまでの間、映写室入口の開扉を著しく困難にして同室内に立てこもることにより、映写しようとしてやつて来た伊藤の入室を阻止し、よつて、会社をして同日午後七時二五分から開始される予定の「ウエストサイド物語」の上映を中止するのやむなきに至らせ、もつて、威力を用いて会社の上映業務を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

第一  公訴棄却の申立について

弁護人は、本件公訴提起は、会社の組合つぶしに同調した検察官が訴追裁量権を逸脱して行つたものであるから、公訴棄却の裁判をすべきである旨主張する。

しかしながら、被告人らの本件所為が構成要件に該当する違法なものであることは後に述べるとおりであり、かつ、犯行の態様、被害の程度等に徴すると、本件が、犯罪として捜査されるべきでない事案であるとか、起訴価値の乏しい事案であるということはできないのであるから、被告人らの行為により被害を受けた会社がこれを警察に申告し、右申告に基づいて警察が捜査を遂げ、事件の送致を受けた検察官が自らも捜査を遂げて公訴を提起したのは当然であつて、その間に何ら違法と目すべき点は認められない。

従つて、弁護人の右主張は採用しない。

第二  正当行為の主張について

弁護人は、被告人らの本件所為は、正当な争議行為として行われたものであつて、威力業務妨害罪の構成要件に該当せず、仮にこれに該当するとしても違法性を欠く旨主張するが、被告人らの行為の具体的内容については既に認定したとおりであつて、これが威力業務妨害罪の構成要件に該当することは明らかであるので、以下、その違法性の存否につき検討を加える。

昭和五七年九月九日に行われた本件ストライキは、判示のとおりの経過の後に、夏季一時金の支給をその主要な要求項目としつつ、これに関する会社側の対応に抗議したものであるから、本件ストライキの目的とするところは正当なものであつたということができる。しかしながら、本件ストライキの態様をみると、被告人らは、判示のとおり、映写室を物理的な方法を用いて封鎖し、会社側の説得にも応じることなく、上映開始時刻を経過するまで封鎖を継続することにより上映を阻止したのであり、ストライキ中であつても会社は業務を継続することができることを考えると、映画館の心臓部ともいうべき映写室をこのような方法によつて占拠し、映写室に対する会社の支配をほぼ完全に排除することは、争議権行使の手段として著しく相当性を欠くものと認めなければならない。以上のほか、既に認定した本件犯行に至る経緯等諸般の事情を総合すれば、被告人らの判示所為は、その目的が正当であることを考慮しても、なお法秩序全体の見地からみて許容されるべきものでないことが明らかであり、違法性が阻却されるものではないといわざるを得ない。  以上の次第で、弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為はいずれも刑法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期の範囲内で被告人片山を懲役八月に、被告人齋藤を懲役六月に処し、情状により刑法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から、被告人片山に対し三年間、被告人齋藤に対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させる。

よつて、主文のとおり判決する。

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